飛沫節

はじめまして。略してNMということでひとつ。

【チェッカーズ - あの娘とスキャンダル】



毎年入学式直後に訪れる新歓シーズン、僕は自分のサークルの新入生勧誘用ブースにて待機していた。この時期は大体どこもお祭り騒ぎなのだが、とりわけ僕らのとなりでブースを構えていたとあるイベントサークルの連中は、いつの間に飲んだのだろうか、みなほんのりと酔っ払いながら盛大に騒いでいた。音楽系のイベントを主催していると思われる彼らのブースでは、昨年学園祭の折に招致したというアジアン・カンフー・ジェネレーションの楽曲と、その当日の模様を写したと思われるビデオがループして流されていた。


彼らはその前日から、学校側の運営委員から注意を受け目を付けられていたので、僕は傍らでオイオイ大丈夫かなんて思いつつ、その様子を見守っていた。とか言ってもまあ、その楽しげな雰囲気は新歓シーズンとマッチしていたし、人寄せ効果もバツグンであった。実際は、僕らも便乗して半ば一緒になって騒いでいたようなものだ。肝心の新入生はというと、そのノリに便乗するもの半分、そして残りの半分はドン引きという状態であったのだが。


そのイベントサークル連中の一人に、とりわけ周囲を盛り上げている男がいた。素人には中々着こなしの難しい、日の丸をモチーフとしたアディダスのトラックジャケットをさらりと羽織り、またその顔にはこれまた賛否両論と言えそうな、眉尻と下唇の傍とに付けたいくつかのピアスが、妙な違和感を放つことなく、日に照らされ光っていた。


「ノリが良い」と言っても、無茶だったり嫌味なノリの良さではない。一見無責任そうだが、ともすれば暴走気味になる周囲に対しよく目を配り、また新入生にはとことんおどけて見せる。その男は常に人の輪の中心にいた。幹事などの要職に付いているわけではないようだったが、その場にいた他の学生に無い洗練された雰囲気があった。少なくとも僕にはそう見えた。


しばらくして、そのイベントサークルのメンバーの一人が、新入生をブースに引っ張ってきたようだった。僕は僕で、自分たちのブースで新入生への対応に追われていたのだが、ふと彼らの会話が耳に入る。


「私ブラーが好きなんですよぅ」


引っ張り込まれたその彼女が、辺りのお祭り騒ぎに若干飲まれつつ、緊張気味にイベントサークルの連中に訴えているようだった。


「おう、俺も俺も!オアシス?いやいや断然ブラーでしょ!ふぅ〜ふぅ〜!!」


相変わらずその男は明るく、相手の緊張をほぐしながら対応している。彼らはしばらく会話を続け、ふいに聞こえた一言。


「でもさ、やっぱコレ聞かないと」


そう言ったその男が音頭をとって、そのサークルの連中が歌いだしたのが、冒頭の一曲だった。古めかしい邦楽なんて興味なさそうだ、と自分の偏見を棚上げして彼らを見定めていた僕は、急に大合唱されたチェッカーズに少々戸惑った。


「危険な恋をWOW WOW WOW♪」


彼らは酔っ払って、一心不乱に、とりつかれたようにそれを歌い続けた。いや実際はそんなことは無かったかもしれない。その場の雰囲気に酔っ払っていたのは僕のほうかもしれない。傍らでスピーカーから流れ続けるアジアン・カンフー・ジェネレーション、ファンタスティック・プラスティック・マシーンくるり、そして合唱されるチェッカーズ


ある男は、メンバーの女の肩に腕を回し、片手をその胸元に置いていた。ある女は流れ続ける音楽と合唱されるチェッカーズに、うつむきながら頭を振って酔いしれていた。僕はそんな彼らを見ながら、享楽的で、刹那的で、どこか破滅的で、まるでどこぞの作家が描きそうな、ニュースで読まれそうな、評論家に批判されそうな、そんな絵に描いた『ワカモノ』みたいだな、と、我ながら間の抜けた感想を心で思っていた。そして、相変わらずひょうきんに、しかしどこか確信犯的な微笑を浮かべて合唱の音頭を取りつづける例の洗練された男を、ああ、お洒落だな、その時は心底そう思いながら、しばらくの間ボーっと見つめていた。




NM虚構と現実の狭間のお話でした。*1