飛沫節

はじめまして。略してNMということでひとつ。

【きーすらがー】

『キースラガー』



キースラーガー*1

・キースラーガー 4 [(ドイツ) Kieslager]

黄鉄鉱を主体とし、黄銅鉱などを含む硫化鉱物の集合体から成る塊状ないし層状の鉱床。層状含銅黄鉄鉱鉱床。*2


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16. S (イオウ)……別子銅山*31

キースラガー。キースラガーとはドイツ語で「黄鉄鉱床」のことで、日本では銅を含む硫化鉱床に用いられる。この鉱石は硫黄分が多いため「焼鉱」工程で夥しい亜硫酸ガスが発生し、周囲の山々を禿山にしてしまうのが特徴である。*4


鉱山・鉱物というと、いつも思うのが祖父と父のことである。鉱業に従事していた祖父と、そのツテもあって同じく大手鉱業会社に勤めた父。そういった点も作用してのことだろう。僕からみて、二人はとても似ている。物事の考え方というか、価値観が。親子だからそりゃ当たり前だと、そうかもしれない。大半の親子は似る。科学的な話は抜きにして、実感レベルで、また共に過ごした年月に関わらず、親子は似ると思う。だが似ているからこそ、近親憎悪というのか、強く反発し合うこともまたままあるのだろう。


自分が年を重ねるごとに、『親』というものについて嫌な部分や、知りたくない部分、そういったものが目に付いてくる。それに反発を試みてはみる。俺はこうはならないぞ、という。けれども、そういった部分は往々にして、親子の間で皮肉にも通底してしまう。備わっているのである、自分にも。親子はどこまでいっても親子なのである。祖父と父。鉱山という、一種閉鎖的でブルーカラーの強い、荒々しい土地柄は、二人を強くし、また頑なにした。僕自身は鉱山という環境に身をおいたことはないが、人づてあるいは資料越しに見聞する限り、当時のそこは言わば戦場であったのではないかと思う。


別に鉄砲の玉やミサイルが飛び交っているわけではないのだが、それに似た緊張感があったのではないだろうか。そして、祖父や父が過ごした戦中〜戦後の鉱山というその住環境は、上述のようにおそらく人をとても『頑な』にしてしまう場所であったのではないかなと、二人を見てきて僕はそう推察している。


その二人の『頑なさ』はときに、本当にふとした瞬間にだが、とても排他的で差別的な『ある態度』につながる。それは、『昔の人』が取りがちな、特に日本以外の国のアジア系の人間への態度とも似ているかもしれない。だが、僕が感じる彼らの排他的な『ある態度』は、それと少し異なる。


とにかくその『頑なさ』からくる『ある態度』を、僕は幼い頃から憎悪してきた。あまりにも無自覚に、あるいは自覚的に、彼らがある種の人間を蔑み排他するその瞬間に、僕はいつもふいをつかれ、当惑し、恐怖し、そして憎悪した。だが、日々疑っていたのは、両者とは育った環境が異なれど、両者と触れ合って生きてきた自分にも、その『頑なさ』はあるのだろうかということである。


ある年齢からそれは、疑いから結構な確信へと変わってきている。年を重ねるに連れて、親の嫌な部分が目に付いてくる。そして親の嫌な部分は往々にして、子にも通底するのである。鏡だから*5。親子は、どこまでいっても親子だから。